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東京高等裁判所 平成10年(ウ)325号 決定

主文

本件申立てを却下する。

理由

一  申立人らが提出を求める文書の表示、立証の趣旨及び文書提出義務の原因は別紙文書提出命令の申立書記載のとおりである。

二  申立人らは、相手方が申立人古農虎雄に対する本件融資に関して保管している稟議書(添付書類を含む。)が民事訴訟法二二〇条三号後段に定める挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された文書(以下「法律関係文書」という。)に該当すると主張して右稟議書の文書提出命令を求めているので、右稟議書が法律関係文書に該当するか否かについて判断する。

1  民事訴訟法二二〇条は、一定の要件を満たす文書について提出義務を課していた平成八年法律第一〇九号による改正前の民事訴訟法(以下「旧法」という。)三一二条一号ないし三号をそのまま踏襲した(二二〇条一号ないし三号)ほか、同条四号を新設して、同条一号ないし三号の文書に該当しない場合であっても一定の除外事由に該当しない限り提出義務があるものとしたが、その趣旨は、同条四号の新設により旧法が提出義務を定めていた文書の範囲を拡大するとともに文書の提出義務を一般義務化することで、裁判所が提出を命じることのできる文書の範囲をいっそう拡大し裁判所の審理及び事実解明機能の充実をはかつたものであると解することができる。したがって、旧法の規定をそのまま引き継いだ民事訴訟法二二〇条一号ないし三号が挙証者と所持人の所持する文書との間に特別の関係がある等一定の要件を満たす場合に積極的に提出義務を認める規定であるのに対し、新設された同条四号はそのような要件の有無に関わらず文書一般について提出義務を認める規定であり、両者はその性格を異にしているということができる。

また、文書提出命令は、裁判所が民事事件の審理に当たり適正な事実認定をするため必要な文書を証拠として確保する方法として認められたものであるが、記載内容が多岐にわたり不必要又は無関係な部分までもが訴訟関係者の知るところとなり、証人義務と比較して所持人に与える影響が大きい上、他の目的で文書提出命令の申立てがされる危険性があることや広く文書提出命令が発付されることになると予め文書提出命令に備えて虚偽の文書を作成することにもなりかねず逆に弊害が生じることも考えられることから、旧法においては挙証者と所持人の所持する文書との間に特別の関係がある等一定の要件を満たす場合に限定して文書の提出義務を課したものであり、四号を新設して提出文書の範囲を拡大した現行法においてもこのような基本的制約が変わることはない。

2  右のような改正の趣旨、目的等に照らすと、民事訴訟法二二〇条一号ないし三号の解釈において文書提出義務の一般化といった観点を持ち込むことはできないから、同条三号後段において提出義務があるものとされる法律関係文書は、挙証者と文書の所持者との間の法律関係そのものについて作成された文書に限られず、右法律関係に関連して作成された文書や右法律関係に関連する事項を記載した文書をも含むが、専ら所持者の利用に供するために作成された文書は対外的な利用を想定しておらず挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された文書といえないから、これを含まないというべきである。なお、民事訴訟法二二〇条一号ないし三号には同条四号イ、ロ、ハのような除外規定が置かれていないが、同条の立法経緯に照らすと同条一号ないし三号は同条四号イ、ロ、ハの事由による除外をすべて否定する趣旨ではないから、現行法の解釈としても前記のとおり専ら所持者の利用に供するために作成された文書は法律関係文書に含まれないと解すべきである。また、文書提出命令は裁判所が適正な事実認定をするために必要な文書を証拠として確保する目的で認められた制度ではあるが、裁判所が適正な事実認定をするために必要と認められる文書であればすべてその対象となるというものでないことは勿論であって、民事訴訟法二二〇条の定める要件の下に提出義務が課されるにすぎない。したがって、裁判所が適正な事実認定をするために必要と認めるすべての文書が法律関係文書に含まれるとの解釈を採ることはできない。

3  そこで進んで稟議書について検討するに、一般に稟議書は、組織内部の意思決定の過程において、検討された事項とその内容、検討の結果、指示内容等を記載することにより意思決定の経過を明らかにするとともに意思決定の合理性を担保し、合わせて関与者及び責任の所在を明らかにする等の目的により作成されるものであり、専ら当該組織内部の利用を目的として作成されているものであって、意思決定の過程又は意思決定の後において対外的関係で作成される文書とはその作成の趣旨目的を異にしているといわなければならない。これを本件についてみても、相手方は、相手方内部の稟議を経て申立人古農虎雄に対して本件融資をすることを決定し、同申立人との間で取引約定書等の書類を作成していることが認められるから、相手方が本件融資に関して作成した稟議書は同申立人との関係で作成した対外的な文書とは異なり、専ら相手方内部の利用を目的として作成された文書であるというべきである。したがって、右稟議書は民事訴訟法二二〇条三号後段の法律関係文書には当たらない。

仮に本件申立てを民事訴訟法二二〇条四号により本件稟議書の提出を求める趣旨であると解してみたとしても、右稟議書は同号ハの「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に該当すると認められるから、本件申立てに理由がないことに変わりはなく、本件申立てが同条一号、二号の要件に該当しないことも明らかである。

三  よって、本件申立ては理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 宮岡 章 裁判官 笠井勝彦)

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